LIFE - 人生とは! <何の為に生きるのか>

1.幸せ

誰かは忘れましたがテレビで"幸せになりたい為に生きる"と言っていました。単純だけどいい答えだなと思いましたが、では"幸せ"とはどういうことでしょうか。元々は"仕合せ"と書いて、めぐりあわせとかなりゆきとか良い意味も悪い意味もあるそうで、その中で良い意味(幸運、幸福など)だけを"幸せ"と書くそうです。恋をしたり子供が生まれたり念願の家を建てたり、あるいは庭を眺めるとかぼんやりするとか昼寝をするとかちょっとした事に幸せを感じることもあり、人によって様々でどれもが幸せだといえます。中村雅俊の「いつか街で会ったなら」(吉田拓郎作曲)という歌で♪何気ない毎日が風のように過ぎてゆく♪というフレーズが今でも時々頭の中に出てくるのですが、当たり前に何気なく過ぎてゆく日常が幸せなのかなとも思う今日このごろです。

2.家族

生きる価値

家族というものはかけがいのないもので、人生を歩んでいく上でとても重要な存在です。親はもちろん大事ですが、結婚して子供が生まれて初めて家族の大事さや子供の尊さがわかりました。家族の笑う顔を見ているだけでも生きていく価値はあると思います。

一人に慣れる

そんな大事な家族ですが、一方では自分の人生は自分だけのものであり他の誰のものでもなく、自分の人生を他の誰かにやってもらうわけにはいきません。 おやじになって子供も大きくなってきたある時、休みの日は家族揃って出かけるのが当たり前だったのが、子供は部活や遊びやらで出かけ、奥さんは卓球の試合に行ったりで朝から家にポツンとひとりきりになった時、生まれて初めて寂寥感見たいなものを感じました。この先子供が自立して家を出て行った時現実的に今よりもっと寂しくなるのかなとしばらく悶々と過ごしていましたが、これではいけないと思い、一人の時は最初からひとりなんだと思いこみ、逆に一人で過ごす時間を楽しむようにして今から一人に慣れるように心がけています。そうすると家族がそろった時に家族の良さを再認識することができました。

3.夢・目標

夢あるいは目標を持つことは生きていく上でひとつのと思っています。必ずしも夢や目標を持てとは思いませんが、あった方がよりいっそう人生を楽しめるような気がします。

4.40代からの人生

40代はこれからの人生を見つめなおす世代だと思います。子供は徐々に親離れしていくし、仕事もある程度自分の思い通りにやれていく年代です。ある意味落ち着く年代ではありますが、逆に今まで走り続けてきた分、心の中がぽっかりと穴の空いたような感じにもなります。この穴を埋めるためにはこの先50代、60代をどうやって生きていくのかというライフプランをしっかりと考えていく必要があると思います。

5.今までの人生

~小学校

これからのライフプランを考える上で今までの人生をふりかえってみることにしました。小学校卒業までの出来事はもうかなり記憶が薄れていることもあって、あまり印象に残っていることはありませんが、当時は今ほど問題にされていなかったいじめも普通にありました。私自身はいじめられることもいじめることもあまりありませんでしたが、ちょっと人と変わったことをしたり、目立った事をしたらいじめの標的にされる雰囲気は常にあったと思います。逆に私もそういう人をからかった様な記憶があります。今、思い起こすと人と自分は違うことが当たり前のはずなのに、当時はそれが恥ずかしかったりいやだったりして、服装や髪形も極力人に合わせてたような気がします。今、中学生と小学生の子供がいますが、人と違うことは当たり前なんだと、自分は自分なんだと言うことを少しずつでも伝えていこうと思います。

中学

中学生の時は今振り返ると一番楽しくなかったかも知れません。思春期だからでしょうか、常に何かに不満があったような、それが何かもよくわからないようなそんな感じでした。友達づきあいも親友みたいなのは出来なかったし、いじめの対象にならないように、あたりさわらず日々を過ごしていたような気がします。

高校

学生生活の中では高校が一番楽しかったと思います。恋にスポーツにちょっとした悪さに文字通り青春でした。生涯2回だけ喧嘩(ちっちゃいころの小競り合いは抜きで)しましたが、それもこの高校の時でした。色々な体験や経験をしましたが、一番楽しかった理由はやはり友達に恵まれたことです。今は地元を離れているので年賀状だけの付き合いになってしまいましたが、その友達がいたおかげで今も高校時代はいい思い出になっています。

就職

高校は工業高校で当時は全くと言っていいほど勉強しませんでした。当然成績も常に下からベスト5に入っていて、就職試験を受けれるところは限られ、大企業はまず無理でした。かといって就職せずに専門学校も経済的に無理だし、何より何をしていいか全然わかりませんでした。そんなこんなで迷っていると、母親がパートで働いていた某大手企業の人事課長さんに就職お願いしたろかと言ってくれたので(いわゆるコネ入社)、何も考えずそれにすがっちゃいました。

~24歳

就職して配属されたのは製造工場でしたが、毎日社歌を歌ったり綱領を読み上げるなど堅苦しい物があったのでとてもついていけないと感じ、入社して3日目には1日でも早くやりたいことを見つけてこの会社を辞めようと思いました。仕事は流れ作業で、最初は毎日来る日も来る日もビス締めをしていました。単調な仕事で面白くもなんともないので、自分なりに作業を効率化する方法を見つけ、なんとか人よりも早く出来るやり方を見つけたりしていました。そうすると流れ作業にの中でも組立から調整、検査と徐々にやれる仕事がランクアップしていき3年後にはようやく流れ作業から外れ、修理の仕事をさせてもらえるようになりました。そのころから徐々に自動化も進みロボットも導入されるようになり、入社して4年後には機械のメンテナンスの仕事が出来るようになり、ようやく仕事が面白くなりかけてきました。今振り返ると最初の流れ作業を腐らずに我慢してやってきたことが仕事のランクアップにつながったのかなと思います。

~現在

24歳で転勤になり、転勤先で結婚して子供が生まれ、家を建てて現在に至ります。その間に転職もして、仕事は機械設計が主体になっています。これから何していこうかまだ模索中です。

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